1938(昭和13)
[1938. 6.18]
 第31回私演会 エスティユディアンティーナの夕べ。栄光館。
中川驍指揮
1部:
 「糸杉の林にて」サルトーリ
 「第三ガヴォット」マルチェルリ
 「アダジオカンタビーレ」タルティーニ
 「シチリアーナ」イグノート
 「サラバンド」コレルリ(西田直道)
2部:
 「ワルツ」モーツァルト(菅原明朗)
 「綺想的間奏曲」アマデイ
 ギター独奏「グワヒーラス」ゴメッツ[山口信雄]
 「過ぎ行く連隊」ショノシント
この頃は、プログラムに次回演奏会招待券申込票を挿入している。
 プログラム(私演31)

第31回私演会  [提供:南石きぬ氏]

[1938.10.28]
 同志社創立63周年記念音楽会。
 「Who arewe」

[1938.11.20]
 第32回私演会 日出会館。
中川驍指揮
1部:
 「イタリアの復興」アネルリ・トリゴロ
 「カイロの想い出」マネンテ
 「ソリラ」アルバン
 「花のかほり」シルベストリ
 「初秋の唄」武井守成
 「私のアルハンブラ」ガルシア
2部:
 ギター独奏[山口信雄]
  「フェステ・ラリアーネ」モツァーニ
  「ラ・クンパルシータ」ロドリーゲス
  「セヴィラーナ」モントヤ
 「主題と其の変奏」ミラネージ
 プログラム(私演32)

第32回私演会 [提供:南石きぬ氏]


1939(昭和14)
[1939. 6.28]
第33回私演会  エスティユディアンティーナの夕べ。朝日会館。
中川驍指揮
1部:  「ハ長調交響曲」菅原明朗
 「カーナバル」リューリー(菅原)
 「タンブーラン」ラモー(菅原)
 「翻れるバフォーレ」クープラン(菅原)
2部:
 「大円舞曲レナート」ベルレンギ
 ヴァイオリン独奏[宮本政雄](ピアノ伴奏)
  「アリア」ヘンデル
  「ト長調ロマンス」ベートーヴェン
  「メヌエット」ミランドル
 ソプラノ独唱[木崎静子](オーケストラ伴奏)
  「印度の唄」リムスキーコルサコフ
  「ジプシーの唄」ビゼー(菅原明朗)
 「海の組曲」アマデイ
 プログラム(私演33)

第33回私演会  [提供:南石きぬ氏]

[1939. 7.26- 8. 8]
 旧満州演奏旅行。
一時、決行が危ぶまれていた満州演奏旅行であったが、各地の準備も整い、文部省からも傷病兵慰問という主旨が認められ許可される。
 一行は、指揮者中川驍以下SMD約20名に、賛助出演者として木崎静子(メゾソプラノ)、勝俣敏子(ピアノ)、宮本政雄(ヴァイオリン)。
7月26日 京都駅出発。
27日:広島陸軍病院にて慰問演奏会。白衣の聴衆約1000名。英霊に黙祷を捧げて、君が代の演奏によって始まる。涌き起こる拍手のうちに好演にて第1回の慰問演奏を終了する。
第2分院に、南京から移された校友の志村義治中尉(昭9卒)を病床に見舞う。夜、広島女学院講堂にて満州皇軍慰問基金募集音楽会。
28日:呉海軍病院慰問演奏会。この日は、厳島泊。
29日:関門地方防空演習のため旅程を変更しながら、小郡からバスで湯田着。山口温泉会社公演場で慰問演奏。
30日:下関と大牟田での演奏会が、防空演習のため取りやめとなったが、校友による歓迎会を受ける。屋上から灯火管制下に暮れ行く関門の景色を眺め、暫く離れる内地に別れを告げる。
31日:校友多数の見送りを受け、鴨緑丸にて門司を出帆。
8月1日:船内2等食堂にて演奏会。盛んなアンコールで一同大いに気をよくする。
2日:大連着。大連神社参詣後、宿舎となる児玉町満鉄社員宿泊所で昼食。陸軍病院へ向かう。市内中心地は、馬車の往来を除けば内地の港都と変わらないが、ロシア波止場は港の小舟、いきかう苦力、船荷、あたりに漂う匂い等、流石に満州にきたという感じを持つ。小蒸気2時間で柳樹屯着。大陸の炎天下、馬車でアカシアや楊柳に木立の中のロシア風兵舎を利用した陸軍病院に着く。広い演奏会場で悪コンディションながら、一同元気に演奏を終わる。
3日:昼、旅順第2分院にて慰問演奏。約1000名の傷病兵が静聴。代表者から、感慨に充ちた謝辞を受ける。校友古澤基生(昭13卒)を見舞う。帰途、博物館を見学後、日露の戦跡、水帥営の庭を訪問。夜は扶桑仙館にて校友同窓主催の歓迎会 。
4日:校友会大連支部主催の協和会館演奏会。立見を含め1500の聴衆、入場を断われた人もあった。大連放送局による中継放送も入れて盛会に終わる。
5日:「音楽青春部隊来る」の満州新聞記事に迎えられ、奉天着。防空演習のため一般演奏会はできなかったが、陸軍病院の千代田分院で慰問演奏。
6日:新京着。正午に全満州向け放送、午後3時40分、海外放送。8時より、電業村都南寮で特別演奏会。
7日:中央飯店での歓迎会後、西広場の満鉄社員倶楽部にて演奏会。満州新聞の記事『関西楽壇の雄同志社マンドリンクラブを迎えて本社主催「音楽を愉しむ夕」は7日午後6時より満都の人気を独占して満鉄社員倶楽部で開催、夏枯れで音楽に飢えた国都の音楽ファンを吸収し会場二十分で満員の盛況を呈し、聴衆の大部分は女性の華。定刻同志社大学音楽部長村岡景夫氏の挨拶、次いで同志社大学校歌の合奏の後第一部日本小曲集の演奏が開始、涼風に流れるメロディーに聴衆はただ恍惚と音楽の世界に陶酔、一曲終了毎にアンコールの連続で第二部、第三部に移り特別出演の木崎静子嬢の独唱、宮本政雄氏勝俣敏子嬢のピアノは絶賛の拍手を浴び、(略)マンドリン合奏アメデオ・アマデイ作曲の組曲を最後に稀にみる盛況裏に同十時半閉会した。』
8日:一行の大部分は校友と残留する部員に見送られハルビンにたち、陸路と海路に2隊に分かれて帰学の途についた。

大連演奏会プログラム
1部:
 マンドリン合奏:中川驍指揮
  「交響曲」菅原明朗
  「落葉の精」武井守成
  「踊る小花」武井守成
  「初秋の唄」武井守成
 ソプラノ独唱(木崎静子):
  「澄月集より」山田耕筰
  「お六娘」小松清作
2部:武井守成
 マンドリン合奏:
  「大円舞曲レナート」ベルレンギ
 ヴァイオリン独奏(宮本政雄):
  「G線上のアリア」バッハ
  「スーベニール」ドルドラ
  「カンツォネッタ」チャイコフスキー
  「マヅルカオベルタス」ヴィニアフスキー
 ピアノ独奏(勝俣敏子):
  「ためいき」リスト
  「月光」ドビッシイ
  「スケルツオ」ショパン
3部:
 ソプラノ独唱(オーケストラ伴奏):
  「サドコ(印度の唄)」リムスキーコルサコフ(西田直道)
  「ジプシーの唄(カルメンより)」ビゼー(菅原明朗)
 マンドリン合奏:
  「海の組曲」アマデイ
 「同志社新報」40・41[1939]・プログラム(大連)

[1939.11.22]
 第34回私演会 エスティユディアンティーナの夕べ。華頂会館。
中川驍・大坪政長
1部:
 「カイロの鵞鳥」モーツァルト(マチョッキ)
 「村人の組曲より」ワルテル
 「幼き姫君」ハアディ(マチョッキ)
2部:
 マンドリン四重奏[塩谷桂三・五島道信・三宅康雄・畠中重雄]
  「イタリヤ風及びスペイン風の四つの舞曲」作曲者不明
 「草原にて」ジュリアン
 「英雄行進曲」ムニエル
 プログラム(私演34)

第34回私演会

[1939.11.26]
 大津高等女学校皇軍感謝音楽大演奏会参加。同校講堂。
SMD:「幼き姫君」マチョッキ。
 プログラム